東京子ども図書館は、四つの家庭文庫からはじまりました。家庭文庫とは、個人が自宅と蔵書を開放して、近所の子どもたちに本を貸し出したり、お話をして聞かせたりする、小さな営みです。いちばんもとになったのは、1955年に、東京は世田谷区の上北沢に開かれた土屋児童文庫と、翌56年に、中央区入船に開かれた入舟町土屋児童文庫です。このふたつは、ともに土屋滋子によってはじめられました。土屋滋子は、家庭の主婦でしたが、小さいときから本がすきで、将来、家庭をもったら、本でいっぱいの部屋をつくりたい、という夢をもっていました。そして、その夢が実現したとき、そこで、近所の子どもたちといっしょに、本のたのしみをわかちあいたいと願ったのです。
2年後の1958年には、杉並区の荻窪で、石井桃子がかつら文庫をはじめました。石井桃子は、それまでに『ノンちゃん雲に乗る』など、子どもの本の作者として、『クマのプーさん』など、数多くの児童文学の翻訳者として、また、「岩波少年文庫」の創刊時の編集者として、子どもの本に深く関わっていました。そして、さらに、1954年から55年にかけての1年間、ロックフェラー財団の研究員として北米とヨーロッパに滞在し、彼地の児童書の出版状況や、児童図書館の活動をつぶさに見、子どもの本の関係者と交流を深めていました。この留学体験を通して強く石井の印象に残ったのは、子どもの読書の世界における児童図書館の役割の大きさでした。「まわってきた国々では、児童図書館というものが、よい創作活動を推進し、またその結果を本にする出版事業の支えになり、さらにまた、その本を直接子どもの手にとどけるという三つの仕事を一つでひきうけて」いました。それが 子どもの本の質を高め、維持している事実を知った石井は、「ごく小じかけのものではあっても、子どもと本を一つところにおいて、そこにおこるじっさいの結果を見てみたい」と思って、かつら文庫の開設に踏み切ったのでした。かつら文庫の最初の7年間の活動の記録は、石井によって『子どもの図書館』(岩波新書 1965年)にまとめられ、日本の文庫活動の大きな推進力になりました。
それから、10年ほどおくれて1967年に、松岡享子が中野区の江原町に松の実文庫を開きました。松岡は、慶應義塾大学の図書館学科で、公立図書館の存在意義に目を開かれ、一生の仕事として児童図書館員を志し、アメリカに留学して、彼地の公共図書館で、児童図書館員として勤務しました。その体験を経て、帰国後、大阪市立中央図書館に職を得ましたが、児童奉仕をつづけることが出来ない状況に直面して職を辞し、土屋や、石井の文庫で働く世話人たちの勉強グループに加わり、自らも文庫をはじめることにしたのです。アメリカで学んだ、さまざまな児童図書館員の活動を、小規模でもていねいに実施したい、と願ってのことでした。
東京子ども図書館は、上記四つの家庭文庫が母体となって、1974年に、東京都の教育委員会から、財団法人の認可を得て発足しました。土屋文庫からは、子どもといっしょに本のたのしみを分かち合うという基本を、かつら文庫からは、子どもから学ぶという姿勢を、松の実文庫からは、図書館での児童奉仕を、工夫しつつていねいに行うという実践態度を受け継ぎ、これらの流れをひとつにして、ユニークな子どもの読書専門の私立図書館として歩んできました。文庫のはじまりからすでに50余年、公益法人としての歩みも35年を超えた現在、館としての活動の幅も広がり、機関誌の定期購読者は4000名を超え、館を支えてくれる賛助会員の数も1800人を上回りました。幸いにも、館は、これら全国各地にわたる、子どもの読書に関心を寄せる多くの方々から頼られる存在として、今日まで歩みつづけることができました。
大きな節目となったのは、1997年、設立20周年の記念募金をもとに、長年の希望がかなって、中野区江原町に、活動の足場である、自分たちの建物ができたことです。これによって、活動の基盤がより確かなものになりました。2DKの民間アパートから出発して、何年も賃貸マンションで活動をつづけてきたことを考えると夢のようです。人に必要とされる仕事を誠実につづけていけば、必ず道は開けると信じて、 ここまできましたが、私たちがこのように活動をつづけてこられたこと自体、日本の社会に、子どもの健全な成長を願う人びとが数多く存在し、その方たちが、子どもの成長に果たす読書の役割の大切さを知って、日々さまざまな活動に従事しておられることの証であり、ありがたく、また心強く感じています。
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| 1955◇昭和30 |
土屋児童文庫はじまる(土屋滋子主宰・世田谷区上北沢)
石井桃子、瀬田貞二らによる「子どもの本研究会」発足 |
| 1956◇昭和31 |
入舟町土屋児童文庫はじまる(土屋滋子主宰・中央区入船)
石井桃子、村岡花子らによる「家庭文庫研究会」発足
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| 1958◇昭和33 |
かつら文庫はじまる(石井桃子主宰・杉並区荻窪) |
| 1965◇昭和40 |
石井桃子『子どもの図書館』(岩波新書)刊行 |
| 1966◇昭和41 |
『私たちの選んだ子どもの本』(子どもの本研究会編)刊行 |
| 1967◇昭和42 |
松の実文庫はじまる(松岡享子主宰・中野区江原町) |
| 1971◇昭和46 |
中野区江原町3-12-1、富士ビルにて東京子ども図書館設立準備委員会発足 |
| 1972◇昭和47 |
月例お話の会はじまる
出版活動開始 |
| 1973◇昭和48 |
『おはなしのろうそく1』刊行 |
| 1974◇昭和49 |
東京都教育委員会より、財団法人東京子ども図書館として公益法人の認可を受ける
資料室開室
機関紙「おしらせ」刊行開始
第1期お話の講習会はじまる
第14回久留島武彦文化賞特別賞受賞 |
| 1975◇昭和50 |
第1回夏期(短期)お話の講習会開催 |
| 1976◇昭和51 |
イギリスよりアイリーン・コルウェル女史招聘 東京、大阪で講演会、箱根で児童図書館員のためのセミナー開催
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| 1978◇昭和53 |
練馬区豊玉北1-9-1フォレストハイツへ移転 |
| 1979◇昭和54 |
機関誌「こどもとしょかん」刊行開始 |
| 1981◇昭和56 |
地方・小出版流通センターと取引開始、全国書店への出版物の販路が開かれる |
| 1984◇昭和59 |
設立10周年記念事業および募金実施 |
| 1986◇昭和61 |
児童室開室 それにともなって松の実文庫閉じる |
| 1994◇平成6 |
設立20周年記念事業および募金実施 |
| 1995◇平成7 |
石井桃子奨学研修助成金制度発足 |
| 1996◇平成8 |
土屋児童文庫閉室 蔵書は震災後、神戸市のもみの木文庫に引き継がれる |
| 1997◇平成9 |
中野区江原町1-19-10に新館完成、移転 |
| 1998◇平成10 |
第1期子どもの図書館講座はじまる |
| 2000◇平成12 |
月例お話の会300回を迎える |
| 2001◇平成13 |
財団法人伊藤忠記念財団と共同で「子どもBUNKOプロジェクト(全国の子ども文庫の調査・研究事業)」を3年間にわたって実施 |
| 2002◇平成14 |
次世代の児童図書館員を育てる研修生制度発足 |
| 2004◇平成16 |
設立30周年記念事業および募金実施 |
| 2005◇平成17 |
「おばあさんのいす」事業発足 |
| 2008◇平成20 |
かつら文庫開設50周年を迎える
石井桃子名誉理事死去 |
| 2010◇平成22 |
内閣総理大臣より公益財団法人東京子ども図書館として認定される |
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